古典教育はなぜ必要か 情報の真偽、見定める力に
高校国語の古文・漢文は苦手な生徒も多く、不要論が出やすい。国語科教諭の経験もある仲島ひとみ武蔵野大学特任教授は、フェイクニュースのような現代的課題に対応する上でも古典教育は欠かせないと主張する。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD128R40S5A810C2000000
古典をどこまでの範囲で古典と括るのか難しいですが、確かに古典を学ぶことの大切さは、わかります。でも、そのことがわかったのは、この年齢になってから。でも、歴史的背景がわからないと、古典の面白さもわからないだろうし、古代に書かれた文章だけピックアップしてテスト用に勉強しても、苦痛でしかないだろうし。そう考えると、そもそも古典と歴史をなぜ分けて授業をしているのかしら?と。歴史背景を知らないと古典に書かれた状況をイメージできないだろうと。やはり構造的な見直しではないかしらと考える。
しかし、私が、書道を通じて、古典や歴史を学んでいて感じることは、いつの時代も、環境や文化が違っていても、人間の業が災いにもなるし福ともなる。それが人類の歩であり、歴史であり、そして宿命だろうかと、テクノロジーが発達しても変わらない人類の業の歴史を見ると未来へのもやもやが増えますが、同時に、その時代その時代にたくましく生きている人々に喜怒哀楽の日々があることに安堵したことでしょうか。


