(漢字そぞろ歩き) 「欠」は「ケツ」にあらず

中部地方のある観光地に、「間欠泉」と書かれた看板があった。昭和20年代生まれの私はもちろん戦後の漢字施策に基づく教育を受けてきたが、大学で中国古典文化を専攻したので、「間欠泉」という書き方にはいささか違和感を覚える。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO94988920T10C26A3MY9000

今回も、とても面白かったです。漢字が時代とともに整理され簡略化されているなかで、簡略化することが目的となり、そもそもの意味、漢字の成り立ちからかけ離れたものになっていることが多いことに驚きます。デジタル化されるとますますこの傾向は加速していくんだろうなと。そう考えると、究極ですが、デジタルデバイスだと、アルファベットの組み合わせが一番効率的な言語なんだろうと思うので、オフィシャルでは英語、日常での日本語教育としての漢字、しかも歴史的に使われている漢字っていう棲み分けがいいのかなと・・・そうすると、日本語そのものが古典になってしまう可能性が高いかも。韓国も、ハングル文字にしたことで、若い方は漢字を書けなくなっていると聞きますし。難しいですね・・・今回の記事のように、漢字ひとつとっても、その意味や歴史を紐解くことで、漢字に込めた古代人の知恵と文化に思いを巡らせるのはとても面白いですし、漢字そのものが大事な文化の継承じゃないかなと感じています。

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